人民月報

夢はベッドでドンペリニヨン

日常移植

もうだいぶ経ってしまったが、このことは記しておかねばならない。

 

4月のおわりに、大阪の嫁の実家の引っ越しを手伝いに行った。嫁の弟くんが中古のマンションを購入し、両親と3人、今の賃貸から移り住むので、男手がほしいと頼まれたのだ。うちには猫たちもいるし、あまり大人数で行ってもなんなので、俺と、作業ごとには役に立つ次女(中1)のふたりが、4/28の夜から大阪に行き、4/29、30の2日間で引っ越しの片を付けてくるという段取りをつけた。

 

事前の話では、新居は4月の半ばにリフォームを終えるということだったので、運べるものから徐々に運び始めており、我々は最後に大きいものを運ぶお手伝いをするのだろうなというイメージだった。古い家具や家電、寝具などは大方この機に買い替えるため、賃貸の方に廃品回収業者を呼ぶのだとも聞いたので、いうほど運ぶものもないのでは、とも思った。次女は新居とその近所を見物しようくらいの気持ちで着いてきたし、俺も次女には荷物の積み忘れチェックや、新居での荷解き程度の軽作業を任せるつもりで連れてきた。

 

4/28の夜、大阪の実家に着いた我々を出迎えてくれたのは、「普通に生活している嫁の実家」だった。いつもと変わらないリビングで、いつもと変わらない食卓を囲み、晩ご飯を食べ、いつものように酒を飲んでいた。「いらっしゃいトモヤ君」と、ビールが出てきた。

俺が頭の整理をつけるより早く、次女が「なんもしてないやん」と発声した。

何もしてなかった。

唯一、季節的に不要だったエアコンだけは取り外してあったが、その他は本当に何もしていなかった。

義母が言った。「新居のリフォームが思いの外遅れて、終わったのが一昨日だったのよ」。リフォームが早く終わったのならまだしも、遅くなったということが、冬服が荷造りされていないことやもう読まない雑誌が捨てられていないことと、どう整合性がつくのか、俺には解らなかった。

今の家の契約は4月いっぱいで、廃品回収業者が来るのは4/30の15時だそうだ。

「これは、男手3人、フル回転しなければいかんですね」俺は、義父に言った。義父は「ワシ、明日、仕事やで」と答えた。

仕事(job)

「明日、昭和の日ですけど?」「仕事立て込んでるねん」「ほな、ま、明後日は気張ってもらって」「明後日も仕事やで」

我々が呼ばれたわけが、わかってきた。

 

翌朝早くから義父は仕事に出かけ、弟くんは、「ガソリン安いねん」と、隣町のコストコに連れて行ってくれた。給油をしたついでに、コストコ素人の我々にコストコを案内し、ホットドッグを奢ってくれた。嫁に、自動で寿司を握るマシーンの動画を送ったら、「何してんの?」と返事がきた。もはや我々も、腹を括ってこのテンションに身を委ねないと正気を保てない。

 

家に戻ってからはひたすら荷造りをし、借りてきたキャラバンと弟くんの車に積めるだけ詰め込み、新居に運び込み、を繰り返した。途中、うどん屋で昼飯を済ませての帰り道、次女に「食器棚は捨てるらしいけど、食器ぎっしり入ったままやん、あれ、ひとつづつ新聞紙で包まなあかんから、早よう包み始めんと間に合わんで」と言ったら、「それ言うてんけどな、晩ご飯の献立が決まってないから、包み始められへんらしい」と返ってきた。晩ご飯、今の家の台所で作るのか…!じゃあさ、せめて献立を確定させて、使う食器以外は包み始めるように言おうや、だいたい、徳利とお猪口とか、献立決まってなくても使うわけないやんか。

家に戻った次女は、「今日の晩ご飯の献立を決めよう」と提言したが「あらあら、さっき昼ご飯を食べたばかりなのに、食いしん坊さんね」という反応が返ってきて、キレていた。晩ご飯は、わりと手の込んだ煮物とか作ってもらって、仕事から帰宅した義父と一緒に酒を飲みながら食した。日常の軸足が、あと1日で契約の切れる部屋に貼り付いて剥がれない。

 

2日目は、前日と同じく荷造りと運搬を繰り返しつつ、回収してもらう家具や家電をもとの家の駐車場に降ろし、持って行く家具や家電はキャラバンで運搬し、を男2人おばさん1人女子中学生1人で…

今思い出しても胸がキュッとなる。書き記すのに時間を要したこともご理解いただけると思う。

もとの家で行われていた「生活」を、生活自身も気付かないうちに新居に移植する作業だった。

 

こうして嫁の実家は、新しい場所で軽やかに生活をリスタートした。弟くんの総括は、「なんやかやあったけど、案外なんとかなるもんやな!」だった。

彼らにとってこれは、成功なのだ。

自分の家に帰ってから、このことを嫁に驚きをもって報告すると、「そういう人達やもん」と、平然としていた。彼女もまた、「そういう人」なのだ。

 

すべてが終わって、お疲れ様の焼肉をご馳走になっているとき、義父に「明日もお仕事お疲れ様です」と言ったら、「ワシ明日から5連休やで」と仰っていた。Why?