フスマを作ったり、張り替えたりするときに、フスマの紙を枠に打ち付けるための釘がある。上からフスマの縁を取り付けて隠すので、完成したフスマからは、釘は見えなくなってしまう。業務用の釘は、広辞苑くらいの大きさの、フタつきの紙箱に入っている。何百本入りか知らないが、かなりの本数入っているはずだ。
Aさんは、障子やフスマを手作りする、腕の良い建具職人だ。
平成7年、Aさんは「何かおかしい」と感じた。開業以来引っ切りなしだった仕事の依頼が、フッと途切れたのだ。すぐに元通りに忙しくはなったのだが、一瞬の空白がどうも引っ掛かるAさんは、ひとつデータをとることにした。フスマの釘を新しく買うたびに、フタだけ古いものを使い回して、フタの裏に購入した年月日を記し続けたのだ。
俺がそのフタの裏を見せてもらったのは、令和になってからだ。
最初は数ヶ月おきだった日付が、半年おきになり、一年おきになり、間隔が短くなることは、ほぼなかった。俺が見たその時、まだ沢山の釘が入ったその箱のフタの裏に記された最後の日付は、二年前だった。
多少の誤差はあるだろうが、釘の減るペースは、Aさんがフスマを作ったり、フスマの紙を張り替えるペースとほぼイコールのはずだ。Aさんの仕事はフスマ製作だけではなく、障子やドアも作るため、フスマの依頼減がそのまま売上減に直結するわけではない。しかし、フタの裏に並んだ日付の間に、日本の住宅から、ハンドメイドのフスマや、フスマを張り替える文化が激減したことは間違いない。フスマのある部屋=和室や、フスマの向こう側=押入れ、も同様だ。
Aさんは、簡単だけどとても効果のあるやり方で、そういった兆候をとらえて、商売の業態を微調整しながら平成を乗り切ってきたのだろう。
町工場のおじさんが商売道具の釘を仕入れるという、なんてことない行動が、日付を記し続けることで、日本の住宅事情まで推し量れるデータになるのが面白いと思った。
フタだけ使い回すやり方も最高にスマートだ。最小の労力で最良の結果を得る、職人さんの仕事そのものだと思う。